膵癌の治療には手術、薬物治療(抗癌剤、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤)、放射線治療などがあります。膵癌取扱い規約では切除可能性分類という基準を設けており、切除可能 (R:resectable)、切除可能境界(BR:boaderline resectable)、切除不能 (UR:unresectable)の3つに分類されています。これらの分類別に治療方針が異なり、手術のみ、あるいは手術と薬物治療や放射線治療を組み合わせた治療(集学的治療)を行います。近年、切除可能膵癌に対しても術前補助化学療法を行うことで生存率が向上したという報告(Prep-02/JSAP-05試験)がなされ、術前化学療法を行う患者さんが増えてきています。切除不能膵癌に対しては主に薬物治療あるいは薬物治療と放射線治療を組み合わせた治療を行いますが、非常に高い効果が得られた場合には手術ができるようになる場合もあります(conversion surgery)。また、切除不能癌によって胆管が閉塞して黄疸をきたしたり消化管が閉塞して通過障害をきたしたりした場合には、バイパス手術を行って症状を改善するための処置を行うことがあります(姑息的治療)。癌の進行状況や全身状態、年齢によっては、癌に対する積極的な治療を行わずに症状の緩和のみを目的とした治療(緩和ケア)を行うこともあります。
根治を期待できる治療は手術、あるいは手術を含む集学的治療しかありません。手術方法(術式)は膵癌の部位によって異なり、膵頭十二指腸切除術Pancreatoduodenectomy(PD)幽門輪温存膵頭十二指腸切除術Pylorus Preserving Pancreatoduodenectomy(PPPD)、亜全胃温存膵頭十二指腸切除術Subtotal Stomach Preserving Pancreatoduodenectomy(SSPPD)、尾側膵切除術Distal Pancreatectomy (DP)、膵全摘術Total Pancreatectomy (TP) があります。また、切除不能膵癌に対して症状を緩和するために行うバイパス手術もあります。PD/PPPD/SSPPDやDPは日本肝胆膵外科学会により高難度手術とされています。当院には、これらの高難度手術を安全・確実に行えることを同学会から認定された高度技能専門医・指導医が在籍しており、高度技能専門医を育成するための修練施設に認定されています(2024年6月現在,沖縄県内では琉大と当院のみ)。さらに、2016年4月の診療報酬改定により腹腔鏡下尾側膵切除術、2020年4月に腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術が膵癌に対して適応となりましたが、当院はどちらの手術も厚労省の施設基準を満たしており、適応がある患者さんに対しては選択が可能です。
膵頭部に癌がある場合、膵頭部と周囲にある十二指腸、胆嚢、胆管を一塊にして切除します。以前は胃も2/3ほど一緒に切除していましたが(PD)、近年では胃を全部温存する術式(PPPD)や胃の一部だけ切除する術式(SSPPD)が多く行われるようになってきています。また、癌が門脈や上腸間膜静脈などの血管を巻き込んでいる(浸潤している)場合にはその一部を切除することがあります(合併切除)。その場合、他の部位の静脈を採取して切除した部位に移植(グラフト再建)することもあります。病変を切除後、小腸(空腸)と残った膵臓、胆管、十二指腸(胃を切除した場合には胃)をつなぎ合わせて食べ物や消化液が流れるように再建します。
幽門輪温存膵頭十二指腸切除術(PPPD)で切除する範囲
亜全胃温存膵頭十二指腸切除術(SSPPD)で切除する範囲
膵体部あるいは膵尾部に癌がある場合は、膵体尾部を切除します。転移している可能性のある周囲リンパ節を確実に摘出するために脾臓も摘出します。癌が背中の方に拡がっている(浸潤している)場合には左副腎も摘出することがあります。通常、消化管は切除しないので膵頭十二指腸切除術のような再建は必要ありませんが、癌が浸潤している場合には胃の一部や結腸の一部を合併切除することがあります。また、膵頭部の病変同様、癌が門脈や上腸間膜静脈に浸潤している場合には合併切除が行われることがあります。さらに、脾動脈根部や腹腔動脈、総肝動脈に浸潤している、あるいは周囲の神経叢に浸潤している場合には、脾動脈を根部で切離せずに総肝動脈と腹腔動脈を含めて切除することがあり、腹腔動脈合併尾側膵切除術Distal Pancreatectomy with en bloc Celiac Axis Resection(DP-CAR)と呼ばれています。
膵体尾部切除術で切除する範囲
癌が膵臓全体におよんでいる場合には膵臓を全部摘出する必要があります。膵臓で作られているホルモンや消化液が分泌されなくなるので、インスリンという血糖を下げるホルモンの注射や消化酵素剤の服用が必要になります。
膵頭部に癌ができた場合、十二指腸や胆管が閉塞して食事が摂れなくなったり、黄疸をきたすことがあります。その場合、胃と小腸を吻合して食事を摂れるようにしたり(胃空腸吻合術)、胆管と小腸を吻合して黄疸を軽減する処置が行われることがあります(胆管空腸吻合術)。
残った膵臓と小腸(空腸)のつなぎめ(膵空腸吻合部)から膵液が漏れること(膵液瘻)があり、それによって周囲の血管が消化されて出血すること(仮性動脈瘤破裂による腹腔内出血)が最も懸念される合併症です。また、漏れた膵液が溜まってしまったり(仮性嚢胞)、胆管と小腸の吻合部から胆汁が漏れたり(胆汁瘻)、感染を併発して膿の溜りができたり(術後膿瘍)することもあります。胃の動きが悪くなってしばらく食事が摂れなくなること(胃内容物排泄遅延)もあります。術前は、十二指腸乳頭には細菌が逆流しないように働く括約筋の機能がありますが、術後にはその機能は失われてしまうため、小腸内の細菌が吻合部から胆管に逆流して胆管炎を起こすことがあり、抗菌薬治療が必要になることがあります。
膵頭十二指腸切除術と同様、最も懸念される合併症は、膵臓の切離断端から膵液が漏れる膵液瘻とそれに伴う腹腔内出血です。膵液が溜まってできる仮性嚢胞ができる場合もあります。また、脾臓は古くなった血球を処理したり、血液を蓄えたり、免疫に関する働きをしていますが、脾臓を摘出すると肺炎球菌などの細菌に対する抵抗力が落ちるため、肺炎球菌ワクチンを予防接種することもあります。また、一時的に血小板増多が起こって脳梗塞などの血栓性疾患をきたすリスクが高くなるため、数ヶ月間アスピリンを服用して頂くことがあります。
必ず糖尿病(膵性糖尿病)になるため、インスリン注射が必須になります。また、消化液の分泌が無くなるため消化酵素剤の服用が必要になります。アルカリ性である消化液が分泌されないと酸性である胃液が中和されずに小腸に流れていくため、小腸粘膜傷害を起こして下痢(膵性下痢)をきたすことがあり、胃酸分泌を抑える薬の服用も必要になることがあります。さらに、消化吸収不良が原因で脂肪肝になることがあります。
合併症が起こることは少ないですが、胃空腸吻合であれば吻合部縫合不全、胆管空腸吻合であれば胆汁瘻や胆管炎をきたす可能性があります。
手術後の再発予防や生存率を向上させるために術前や術後に投与する補助化学療法、あるいは、切除不能の場合や再発した場合に延命や症状緩和を目的として行う化学療法があります。用いられる薬物には、細胞傷害性抗癌剤、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤があります。また、放射線治療を組み合わせた化学放射線治療を行うこともあります。基本的には、膵癌診療ガイドライン(日本膵臓学会編)に沿った治療を行います。延命や症状緩和を目的とした化学療法の場合、強い副作用が出たり進行したりした場合は、それまでに使っていない薬に変更して治療を継続しますが、何度か変更して使用できる薬が無くなってしまった場合には、症状緩和を目標とした治療に切り替えていくことになります。
個人差が大きく、副作用が強く出る人もいれば出ない人もいます。細胞傷害性抗癌剤の場合は細胞分裂が盛んに行われている細胞がダメージを受けやすく、血液を作っている骨髄(白血球減少、好中球減少、貧血、血小板減少)、皮膚粘膜(口内炎、下痢、嘔気、発疹、色素沈着)、毛髪(脱毛)などに影響が起こることがあります。また、手足のしびれ、知覚障害、全身倦怠感、肝障害、腎障害、間質性肺炎やアレルギーを起こすことがあります。副作用が出た場合には、症状を抑える薬の投与、治療の延期や中止、薬の変更などが検討されることがあります。
根治を目指すために行う化学放射線治療と症状緩和のために行う放射線治療があります。 化学放射線治療は、明らかな遠隔転移(肝臓や肺など他の臓器に転移すること)はないものの癌が周囲の血管や神経への浸潤をきたしている場合などに行われます。症状緩和のために行う放射線治療は、骨転移や神経浸潤に伴う疼痛に対して行われることもあります。
放射線を照射する量や部位によって異なりますが、皮膚炎、色素沈着、嘔気、食欲不振、白血球減少などがあります。
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